中山道を歩く(芦田→和田)



6月に続き、4ヵ月半ぶりの中山道歩きです。大宮6:50発のあさま501号で佐久平まで行き、佐久平からバスで前回の最終地「茂田井上バス停」まで向かいました。

茂田井上バス停を8:30出発し、中山道歩きを再開しました。

◆26.芦田 《2012-10-30(火)》
望月からの距離:4.8km 日本橋からの距離:181.6km
人口:326人 総家数:80軒 本陣:1軒 脇本陣:2軒 旅籠屋:6軒
 (天保年間(1830~44) 『宿村大概帳』による)

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8:51 芦田宿本陣に到着しました。ものすごく重厚な建物で貫録があります。説明文によると、この土屋家・本陣は寛政12年(1800)に再建されたものだそうです。

建築様式説明図を見ながら建物を眺めました。


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室内にも無料で自由に入りことが出来ます。間取図によると10以上の部屋があります。


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8:57 文永元年(1804)より、現在に至るまで、旅館を営業している金丸土屋旅館です。凄いですねぇ~!


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9:25 笠取峠松並木に到着です。松並木公園の紅葉が素晴らしかったです。


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東海道の御油松並木と並ぶ松並木だそうです。よく整備されて、気持ちよく歩けました。


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9:57 笠取峠一里塚です。赤松と枝垂桜が見事でした。


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【あし田/広重画】
この絵は、芦田宿の西にある笠取峠の松並木を描いたものだとする説がありますが、この絵の木は松ではなく杉の木だそうです。

したがって、この絵の場所は松並木よりさらに西に登った所にある、笠取峠そのものを描いたとする方がよいということです。


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10:07 広重の絵の場所と思われる、笠取峠です。

この峠を越えれば長久保宿はすぐそこです。


◆27.長久保 《2012-10-30(火)》
芦田からの距離:5.7km 日本橋からの距離:187.3km
人口:721人 総家数:187軒 本陣:1軒 脇本陣:1軒 旅籠屋:43軒
 (天保年間(1830~44) 『宿村大概帳』による)

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10:45 松尾神社に到着しました。説明文によると、立川流三代富重の建築で、万延元年(1860)に再建したものだそうです。

本殿の斜め前にある大木は、樹齢200年の椹(さわら)です。立派な木でした。


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10:54 長久保宿内に入ると、歴史資料館なるものがありました。無料ですので、中に入ってみました。

長久保宿の生い立ちやら、色々なものが紹介されています。まぁ、楽しめました。


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11:00 長久保宿本陣に到着しました。ここは石川家の個人住宅で非公開です。【説明文


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【長久保/広重画】
広重は、満月が中天に掛かった夜に下流から見た依田橋を描いています。

中山道は依田橋を渡ると真っ直ぐ伸びて和田村に向かっていました。しかし、広重は街道風景を見せるため、わざわざ川沿いにまげて描いています。


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11:37 広重の絵の場所です。ここから800mほど離れた場所に、今晩宿泊予定の民宿があります。


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12:05 ミミズ道祖神がありました。歴史的な建造物でありませんが、ミミズを神として祭ってあり、微笑ましい風情です。【ミミズの碑


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12:15 和田宿の入り口に到着しました。
13:51 ほとんどお店がなく、昼食は諦めていたのですが、国道に出たらお店がありました。ラッキー!

本日はこの先、男女倉口まで歩きましたが、その記事は次回紹介します。


15:08 男女倉口バス停に到着しました。男女倉口15:38発のバスで、10分ほどかかって上和田まで戻ります。50分ほど待ち、16:40発のバスに乗り換え、民宿のある青原に16:49到着しました。

民宿の宿泊客は私を含め2人だけで、その宿泊者も中山道を歩いている方でした!

《本日の結果》
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・今日の歩行距離は20.7kmと少なめでした。
・豆もできず特に問題なしです。


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